成年後見手続き

どんなときに利用するの?

ここまで、法定後見制度と任意後見制度について、その概説をさせて頂きました。

では、これらの制度は、具体的には、どのような場合に利用すればいいのでしょうか?

また、利用中に問題が発生した場合には、どうすればいいのでしょうか?

以下、具体的ケースについて説明させて頂きます。

1.具体例

(1)後見の例

本人は、数年前から物忘れがひどくなり、勤務先の部下の顔を見ても誰なのか分からなくなり、社会生活を送ることが難しくなっていました。

そして、症状は次第に重くなり、2年ほど前からは、日常生活において家族の顔さえ判別できなくなり、回復の見込みがありません。

先日、本人の親族が亡くなり、遺産分割協議をすることとなりました。しかし、この様な状態の本人には判断能力がないため、このままでは遺産分割協議ができず、ご家族が困っておられます。

→→→ 相続人の中に意思能力のない者がいたとしても、その者を除いて遺産分割協議ができるわけではありません。

この例で、これまで妻が本人の財産管理を行っていた場合には、本人の妻が後見開始の審判を申し立て、妻が成年後見人に選任されることにより、遺産分割協議ができることになります。

(2)保佐の例

本人は、夫を亡くしてから一人暮らしをしていましたが、最近になって物忘れの症状が進み、買い物の時に1万円札を出したのか5,000円札を出したのか分からなくなることが多くなり、日常生活に支障が出てきたので、長男夫婦と同居することに決まりました。

ところが、本人は、現在、築50年の老朽化した自宅に住んでいるので、長男は、同居開始にあたって本人名義の土地と建物を売却しようと考えています。

→→→ この例では、長男が、保佐開始の審判と併せて、本人名義の土地と建物を売却することについての代理権付与の審判を申し立てて、保佐人に選任され、本人名義の土地と建物を売却することについての代理権を付与された上で、家庭裁判所から居住用不動産の処分についての許可の審判を受け、本人名義の土地と建物を売却することができます。

(3)補助の例

本人は、長男と二人で暮らしていますが、洗濯機に洗剤を入れずに洗濯をする等、家事で失敗することが増えてきました。

また、最近、長男が仕事で留守の間に、本人が、訪問販売員から高額の羽毛布団や健康器具を必要もないのに購入するという出来事が続いて起こったため、長男が困っています。

→→→ この例では、長男が、補助開始の審判と併せて、訪問販売による契約の締結についての同意権付与の審判を申し立てて、補助人に選任され、訪問販売による契約締結についての同意権を付与された上で、本人が長男に無断で訪問販売による売買契約を締結した場合には、これを取り消すことができます。

(4)任意後見の例

本人は、現在は健康面に問題はないのですが、身寄りがないので、もし将来認知証になってしまったら誰に生活の面倒を見てもらえばいいか不安です。

→→→ この例では、この人に将来認知証になった時に生活の面倒を見てもらいたいと思う人と本人との間で任意後見契約を締結し、公証人に任意後見契約書を作成してもらいます。

(5)その他、成年後見を利用できるケース

  1. 特別養護老人ホームやケアハウスなどの高齢者施設に入所する契約の締結や、入所費用の支払の管理を頼みたい。
  2. 将来高齢となった時の、賃貸住宅や駐車場などの不動産の財産管理が不安である。
  3. アルツハイマー症を発症していることが判明し、症状が進行した将来に備えておきたい。
  4. 勧誘されるとその場では断り切れず、余り使うこともない高額の商品をついつい買ってしまう。
  5. 老人ホームに入っている親の預金を管理してきたが、最近、兄弟から親の預金を使い込んでいるのではないかと疑われるようになった。
  6. 子供の世話にならずに自分の意思で悔いのない人生を送りたいと考えているが、そのために自分の財産を守ってもらいたい。

2.利用中に問題が発生した場合

(1)成年後見人を解任したい場合

(具体的ケース)

父が認知証となり、症状が進行したので、昨年、成年後見開始の審判を申し立てて、私の兄が成年後見人になりました。

しかし、最近になって、兄が父の預貯金を勝手に引き出して、自分の借金の返済のために使っていることが分かりました。

このまま成年後見人として兄に父の財産管理を任せることに納得できないのですが、どうすればいいでしょうか?

民法では、後見人に、不正な行為、著しい不行跡、その他後見の任務に適しない事由があるときは、家庭裁判所は、後見監督人、被後見人もしくはその親族もしくは検察官の請求により、又は職権で、後見人を解任することができるとされています。

解任原因の具体例としては、

  1. 成年後見人が被後見人の居住用不動産を家庭裁判所の許可を得ずに処分(売却、賃貸、抵当権設定など)してしまった。
  2. 成年後見人が、権限を濫用したり、職務を怠ったり、家庭裁判所や後見監督人の指導を無視したりした。

といったことが挙げられます。

このケースでは、成年後見人となった兄が後見人の権限を濫用している場合に該当していると思われるので、家庭裁判所に解任の申立をするか、家庭裁判所の職権で解任できると思われます。

また、後見人が本人に損害を与えた場合には、損害賠償責任が生じますし、悪質な場合には刑法上の業務上横領罪に問われる可能性もあります。

なお、この後見人解任の規定は、保佐人や補助人にも準用されていますので、保佐人や補助人に同様の事由がある場合は、保佐人や補助人を申立により又は家庭裁判所の職権で解任することができます。

(2)成年後見人を辞任したい場合

(具体的ケース)

夫が認知証となり、症状が進行したので、成年後見開始の審判を申し立てて、妻が成年後見人となりました。

しかし、最近になって、妻も、高齢のため、体力的に後見人としての職務をこなすのが難しくなってきました。

この場合、妻が後見人を辞任することはできるのでしょうか?この場合、妻が後見人を辞任することはできるのでしょうか?

成年後見人は、被後見人の生活の安定を図り、財産や権利を守るために、家庭裁判所が厳正に審査して選任した者ですから、個人的な都合で勝手に辞任することは認められません。

民法では、成年後見人は、家庭裁判所に辞任の申立てをして、許可されなければ辞任することはできず、しかも、辞任には「正当な事由」がなければならない、とされています。

辞任の「正当な事由」の具体例としては、

  1. 病気や高齢のために後見人としての職務を円滑にこなせなくなった。
  2. 成年後見人が仕事の都合で遠方へ転勤することになったため、職務を円滑にこなすのが難しくなった。
  3. 成年後見人と被後見人やその親族との信頼関係が損なわれ、後見人としての職務を行うことができなくなった。

といったことが挙げられます。

このケースでは、辞任の「正当な事由」に該当すると思われますので、家庭裁判所に辞任許可の申立をして、辞任することができると思われます。

なお、民法では、後見人が辞任した場合には、他にも後見人がいる場合を除いて、遅滞なく家庭裁判所に新しい後見人の選任の申立をしなければならないとされています。

従って、辞任した後見人以外にも他に後見人がいる場合を除いて、「成年後見人辞任の申立」と「成年後見人選任の申立」を同時に行うことになるものとお考え下さい。

また、この後見人辞任の規定も、保佐人や補助人に準用されていますので、保佐人や補助人に同様の事由がある場合は、家庭裁判所に辞任の申立をして、家庭裁判所の許可を得て辞任することができます。

但し、新たな後見人の選任の申立の規定も保佐人や補助人に準用されることとなっていますので、辞任した保佐人や補助人以外にも他に保佐人や補助人がいない場合は、辞任の申立と保佐人・補助人の選任の申立を同時に行うことになるものとお考え下さい。

(3)本人が死亡した場合

後見人・保佐人・補助人の職務は、以下の様な事由の発生によって終了するまで続くこととなります。

  1. 絶対的終了原因(法定後見が不要な状態となる)
    • 本人の死亡(失踪宣告を受けた場合を含む)
    • 本人の能力回復による後見開始の審判の取り消し(保佐・補助・任意後見に移行した場合を含む)
      従って、本人が死亡した場合は、これに該当することになります。
  2. 相対的終了原因(依然として法定後見は必要であるが、それまでの成年後見人との関係は終了する)
    • 成年後見人の死亡
    • 成年後見人の辞任
    • 成年後見人の解任
    • 成年後見人が成年後見人になれない事由に該当した場合

以下、終了原因が発生した場合の手続の流れを説明させて頂きます。

(管理の計算)

民法では、法定後見が終了したときは、成年後見人(又はその相続人)は、2ヶ月以内にその管理の計算をして、家庭裁判所に報告をしなければならないとされています(2ヶ月以内に計算できないときは、家庭裁判所に期間伸長を申し立てることができます)。

また、この計算は、後見監督人がいるときは、後見監督人の立ち会いを得て行わなければならないとされています。

なお、この規定は保佐人や補助人にも準用されています。

(成年後見登記)

成年後見人の任務が終了した場合には、その旨の登記をしなければなりませんが、その登記は次の通り分けられます。

  1. 辞任や解任など、家庭裁判所の審判によって任務が終了した場合には、家庭裁判所の書記官から、東京法務局に対して、成年後見人の変更登記が嘱託されることになります。
  2. 本人の死亡によって任務が終了した場合には、成年後見人は後見終了の登記を申請しなければなりません。

(報酬付与の審判)

民法では、家庭裁判所は、後見人および被後見人の資力その他の事情によって、被後見人の財産の中から相当な報酬を後見人に与えることができるとされています。

報酬を与えるかどうか、金額をいくらにするかについては、家庭裁判所の裁量に委ねられています。

この規定も、保佐人や補助人に準用されています。

この報酬付与の審判なしに、勝手に被後見人(被保佐人・被補助人)の財産から報酬相当額の金員を抜き取ることは許されません。

なお、報酬付与の審判は、必ずしも法定後見終了後に申し立てなければならないというわけではなく、法定後見中の報告書の提出時など、区切りの時に申し立ててもよいとされています。

(財産の引き渡し)

任務終了後の財産の引き渡しは、法定後見人の重要な職務です。

  1. 本人の死亡により法定後見が終了した場合
    • (a)遺言がある場合
      原則として、遺言執行者又は受遺者に引き渡すことになります。
      遺言執行者が就任していれば、遺言執行者に引き渡します。
      財産全部を包括遺贈することとなっている場合には、包括受遺者に引き渡します。
      特定遺贈の場合は、遺言執行者に引き渡しますが、受遺者に引き渡しても良いと考えられます。
    • (b)遺言がない場合、及び遺言の対象となっていない財産がある場合
      原則として、相続人に引き渡すこととなります。
      相続人が1人である場合には、その者に引き渡します。
      共同相続の場合には、紛争防止の観点から、相続人全員に引き渡すのが良いと考えられます。
    • (c)遺言もなく、相続人もいない場合
      法定後見人が利害関係人として相続財産管理人選任の申立を行い、選任された相続財産管理人に引き渡します。
  2. 法定後見人の辞任・解任によって法定後見が終了した場合
    後任の法定後見人に引き渡すことになります。
  3. 能力回復による成年後見開始の審判が取り消された場合
    本人に引き渡すことになります。

(家庭裁判所への報告)

報酬を受け取り、財産を引き渡し、全ての事務が終了した後、法定後見人は、家庭裁判所に成年後見事務終了報告書を提出することになります。