各種トラブルの解決

交通事故に遭った場合

現代社会において、交通事故は毎日どこかで起きていると言ってもいいでしょう。

もし、自分が交通事故に遭ってしまったら、どう対処すべきでしょうか?

仮に怪我をしなかったとしても、その場で済ませてしまってもいいのでしょうか?

ここでは、事故の発生から順を追って、注意すべき点について説明させて頂きます。

1.事故の発生

交通事故によって負傷したり、所持品を壊されたりした場合、被害者は、加害者に対して、受けた損害の賠償を請求することができます。そのためには、まずは、自分に有利な証拠を確保することが重要です。

相手車両の番号、運転者の氏名の確認、互いの車等の損傷の状況、目撃者の氏名の確認をしなければなりません。運転者の氏名を確認するには、自分の免許証等を提示して、相手に免許証(名刺より確実です)の提示を求めるべきです。

次に、警察に事故の報告をします。「賠償金は払いますから、警察には言わないで下さい。」と言われて、相手に同情してその通りにしたら、後になって支払ってもらえなかった、というケースは非常に多いのです。相手の気持ちは、日が経つにつれて、「自分は悪くなかった。何で賠償金なんか払わんとあかんのや。」と変わってしまうものなのです。それに、警察に届けないと、事故証明書が取れないので、保険会社に保険金を請求することも難しくなります。ですので、必ず110番して警察に届け出て下さい。

警察に届けると、警察は実況見分調書を作成し、被害者等の関係者の調書を作ります。これには非常に時間がかかりますが、事後の損害賠償請求のことを考えれば、実況見分調書を作成してもらうべきです。実況見分調書は、保険金を請求する時に第三者が作成した唯一の証拠となるのです。

繰り返しになりますが、必ず警察に届け出て下さい。

2.物損事故

物損事故の場合、修理費用が損害額と認められますが、物損の程度によって損害額も変わってきますので、以下、場合を分けて申し上げます。

(1)修理不能の場合

大破して修理不能となった場合には、その被害に遭った物の時価が損害となりますが、この時価は小売価格ではなく、減価償却された額ですので、受け取った賠償金で前と同じ物を買うことはできません。

(2)修理費が時価以上となる物損事故の場合

修理費が車の時価以上となる場合には、「全損」として、事故直前の車の時価が賠償額となります。

また、フレーム等の車の重要な構造部分に重大な損傷が生じ、車を買い替えることが社会通念上も相当であると認められる場合には、事故直前の車の時価から損傷した車の処分価格との差額を損害賠償請求することができます。

事故直前の車の時価は、同一車種・年式・型式・同程度の使用状態や走行距離の車の中古車市場での価格をもとにして判断することになりますが、市場価格が判明しない場合には、購入時の価格を減価償却して計算することとなります。

減価償却の方法は、定額法定率法があります。

  1. 定額法の計算式
    時価=取得価額−〔取得価額×(1-1/10)×償却率×経過年数〕
    償却率は、平成19年3月31日以前に取得した場合は「0,200」、平成19年4月1日以降に取得した場合は「0,100」となります。
  2. 定率法の計算式
    時価=取得価額×(1-償却率)
    償却率は、平成19年3月31日以前に取得した場合は0,369」、平成19年4月1日以降に取得した場合は「0,250」となります。
    判例は、定額法を採用したものと定率法を採用したものの両方あります。

(3)軽い物損事故の場合

この場合には、「この際、以前からある傷を今回の事故の被害として請求してやろう。」と考える不心得な人がいます。

新しい傷かどうか等、損傷の状況を加害者と被害者で共同して現場で確認すべきでしょう。できれば、携帯電話ででも写真を撮っておくべきです。後日、損害賠償請求訴訟を提起することになった場合には、証拠の多さが決め手になるからです。

3.人身事故

交通事故で傷害を受けた場合には、入院する必要がある場合はもちろん、通院で済む場合であっても、治療は十分にすべきです。

少し具合が良くなったからと言って、安易に治療を中断して、「やっぱり具合が悪い」と再度治療を始めても、事故と治療の因果関係が証明しにくくなり、治療費の請求は困難となります。

治療に伴う慰謝料は、ほぼ治療期間の長さに応じて計算されますが、比例する訳ではなく、治療期間が長くなると増加率は暫減します。治療期間が長くなるほど、慰謝料は高額となり、また通院の場合より入院の場合の方が高額となります。

治療に伴う慰謝料は、裁判上の基準では、

  1. 重傷(骨折など)での入院の場合、1ヶ月に53万円程度
  2. 軽傷での入院の場合、1ヶ月に35万円程度
  3. 重傷での通院(隔日の)の場合、1ヶ月に28万円程度
  4. 軽傷での通院(隔日の)の場合、1ヶ月に19万円程度

となっており、これに傷害の程度や通院の頻度などが考慮されて計算されます。

この他に、傷害によって仕事を休んだ間に得られた筈の収入の補償がありますが、被害者の休業期間の収入の補償ですので、被害者の収入によって当然に異なります。

4.死亡事故

不幸にして、交通事故の被害者が死亡した場合には、慰謝料と収入の補償が問題となります。この収入というのは、被害者が本来であれば一生に得られたであろう収入をいいます。

被害者の死亡に伴う慰謝料と収入の補償は、被害者の相続人に支払われることになります。

(1)慰謝料

慰謝料の額は、実務上ほぼ定型化されていて、一般的には、

  1. 独身の男女、子供、68歳以上の無職の高齢者の場合は2,000〜2,200万円程度
  2. 母親(妻)の場合は2,400万円程度
  3. 一家の大黒柱の場合は2,800万円程度

といった額とされていますが、加害者に故意または重過失(無免許、飲酒、ひき逃げ等)がある場合には、増額されることになります。

加害者の運転者が悪質な死亡事故において、3,000万円の慰謝料を認めた裁判例もあります。

(2)収入の計算

収入の補償は、通常、67歳までを就労可能期間として、その間の収入の補償をすることとなります。高齢者の場合は、平均余命(平均寿命から死亡時年齢を差し引いた年数)の2分の1を就労可能期間として計算します。

被害者が就職している場合は、死亡前の収入をもとにして計算しますが、被害者が失業者・低所得者・幼児・主婦の場合は、平均賃金をもとにして計算します。

被害者が将来受けるべき収入を、損害賠償として、被害者が本来受け取るより以前に一時に受け取ることになりますので、単純に計算すると、利息分を余分に受け取ることになります。そこで、この利息分を差し引くために、ライプニッツ方式と言われる計算方式で計算をします。現在では、全国の裁判所が、このライプニッツ方式を採用しています。

そして、この方式で計算した収入額から、通常は、生活費として、独身の場合は収入の50%を、一家の大黒柱の場合は収入の30%を、各々差し引きます。

この様にして計算された額が、収入の額となります。

5.後遺症

(1)後遺障害等級表

治療を続けてもケガが治らなかった場合や、治療の効果がなく症状が固定してしまった場合には、後遺障害についての補償を請求することができます。

後遺障害に対する補償は、慰謝料及び労働能力喪失による収入の減少に対する補償があり、後遺障害等級表において定型化されています。後遺障害等級は傷害の箇所や程度によって第1級から第14級まで区分されており、一例を挙げますと、両眼を失明した場合は第1級、片足を膝以上で切断した場合は第4級、女子の外貌に著しい醜状を残す場合は第7級とされています。

収入減少についても、被害者の収入および定型化された後遺障害の程度(労働能力喪失率)を考慮して計算します。

(2)後遺障害の認定手続

後遺障害の認定手続は、次の様な流れとなっています。

医師が診断書を作成

被害者または加害者から診断書を添付して(自賠責)保険会社へ送付

(自賠責)保険会社から損害保険料率算出機構へ書類を送付

損害保険料率算出機構が案件を調査

損害保険料率算出機構から(自賠責)保険会社へ調査結果を報告

(自賠責)保険会社が後遺症の有無等を認定して被害者に通知

一度示談が成立した後に後遺障害が発生した場合に、さらに後遺障害について損害賠償請求できるか、がよく問題となります。

最高裁判所・昭和43年3月15日判決は、この点について、示談当時に発生しておらず、予想できなかった後遺障害については、示談の成立後にさらに請求することができる、と判示しました。

しかし、実際には、示談が成立した後に生じた後遺障害について損害賠償請求をすることは、非常に困難です。

従って、示談は、後遺障害が発生しないことを確認した後にするべきでしょう。また、後遺障害について示談をするには、後遺障害が固定してからでないとできません。

何にせよ、損害賠償請求する時期については、慎重に検討するべきです。

6.損害賠償額の減額事由

(1)過失相殺

被害者に過失があった場合には、被害者の過失割合に応じて損害賠償額を減少させることになります。これを過失相殺といいます。

この過失割合については、現在では、数多くの判例の集積に基づいて、色々な事故の態様ごとに定型的に考えられています。詳細は、財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部より刊行されている「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」に出ています。

訴訟においては、過失相殺は、加害者の主張がなくても、裁判所が職権ですることができますが、被害者に過失があったことについては加害者が立証しなければならないとされています。

他方、自賠責保険については、被害者に重大な過失がある場合に限り、20%から50%程度の過失相殺がなされることになっており、被害者にとって有利な扱いとなっています。

また、過失相殺は、被害者本人の過失だけでなく、「被害者側の過失」も含むものと考えられています。この「被害者側の過失」とは、「被害者本人と身分上・生活関係上一体をなすと見られる様な関係にある者の過失」であり、判例でこの関係にあると認められた具体例としては、婚姻関係の破綻していない夫婦、内縁関係の夫婦等があります。

(2)好意(無償)同乗

被害者が、加害者の運転する車に好意(無償)で乗せてもらっていたところ、加害者が起こした事故において負傷(或いは死亡)したという場合に、被害者である好意同乗者の損害賠償額が好意同乗を理由として減額されることがあるのか、という問題があります。

実務上は、同乗者が事故発生の危険を増大させるような状況を作り出したとか、同乗者が事故発生の危険が極めて高いような客観的事情があることを知りながら敢えて同乗したといった、非難すべき事情が同乗者に見られない場合には、単に好意同乗の事実のみで被害者の損害賠償額を減額することはできないとされています。

しかし、加害者が無免許運転や飲酒運転をすることを知りながら同乗したとか、加害者が事故当時高速で運転していたことを容易に知り得たのに特にスピードを落とすように言わなかったといった、危険な運転を容認・助長・誘発した場合には、減額事由とされ、被害者の損害賠償額をある程度減額することができるとされています。

(3)素因減額

損害賠償額の増大が被害者の何らかの素因に原因があると考えられる場合に、被害者の素因を考慮して損害賠償額を減額することができるか、ということが、最近問題となっています。

問題となる被害者の素因は、事故前からの疾患や身体的特徴などの「体質的・身体的素因」と、被害者の精神的傾向である「心因的素因」があります。

  1. 体質的・身体的素因
     被害者に対する加害行為と被害者の疾患とが共に原因となって損害が発生した場合に、被害者の疾患の態様や程度などに照らして、加害者に損害の全部を賠償させることが公平ではないときは、民法第722条第2項の過失相殺の規定の類推適用により、被害者の疾患を斟酌して、損害賠償額を減額することができるとされています。
     この点につき、本件事故以前に一酸化炭素中毒にり患していた被害者が、本件事故によって頭部及び脳に強い衝撃を受けた結果、本件事故による頭部打撲と一酸化炭素中毒が併存・競合することによって、一酸化炭素中毒による脳内の損傷に悪影響をもたらし、一旦潜在化ないし消失していた一酸化炭素中毒における各種の精神的症状が顕在化して長期間持続し、次第に悪化して死亡したという事案において、最高裁判所・平成4年6月25日判決は、被害者の疾患を斟酌して、損害賠償額の50%の減額を認めました。
     他方、被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有している場合であっても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情がない限り、被害者の身体的特徴を斟酌して損害賠償額を減額することはできない、とされています。
     この点につき、被害者が、首が長いことに伴う多少の頸椎不安定症があるという身体的特徴を有していた事案において、最高裁判所・平成8年10月29日判決は、「人の体格ないし体質は、すべての人が均一同質なものということはできないものであり、極端な肥満など通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴を有する者が、転倒などにより重大な傷害を被りかねないことから日常生活において通常人に比べてより慎重な行動をとることが求められるような場合は格別、その程度に至らない身体的特徴は、個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているものというべきである」として、被害者の身体的特徴を斟酌するのは相当でないと判示しました。
  2. 心因的素因
     被害者の身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当な因果関係がある場合に、その損害がその加害行為のみによって通常発生する程度・範囲を超えるものであり、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは、民法第722条第2項の過失相殺の規定の類推適用により、損害の拡大に寄与した被害者の事情を斟酌して、損害賠償額を減額することができるとされています。
     この点につき、本件事故によって頭頸部軟部組織を損傷(むちうち症)した被害者が、負傷に対する過剰な反応や、加害者の態度に対する不満等の心理的な要因によって外傷性神経症を引き起こし、長期の療養生活や症状の固定化につながったという事案において、最高裁判所・昭和63年4月21日判決は、損害の拡大に被害者の心因的要因が寄与していることは明らかであるとして、これを斟酌して損害賠償額の40%の減額を認めました。

7.自動車の保有者の責任・保険

(1)自動車の保有者の責任

保有者とは、自動車の所有者の他、自動車を使用する権利を有する者で、自己のために自動車を運行の用に供する者をいい、法律用語では、「運行供用者」と言われています。

保有者は、自動車損害賠償保障法により、人身事故(物損事故は含まれません)において、自己に責任がないことを証明しない限り、損害賠償責任を負うこととされています。保有者が無過失の証明責任を負うこととなっていますので、非常に重い責任であると言えます。

具体的には、車の所有者が車を他人に貸し、その他人が事故を起こした場合、所有者は自己の無過失を証明しない限り責任を負う、ということになります。

所有者が車を盗まれた場合には、通常は所有者には責任はありません。但し、所有者が路上に無施錠で車を放置していて盗まれ、その車が事故を起こした場合には、車の管理に違法があるとして、所有者の責任を認めた裁判例があります。

(2)自賠責保険

交通事故に対する保険には、自賠責保険(強制保険)と任意保険があります。

自賠責保険は、被害者の救済を目的とする保険ですので、被害者の過失を殆ど考慮することなく支払われ、死亡事故の場合は、通常は、ほぼ無条件で最高限度額の3,000万円全部が支払われます。しかし、例えば、収入のない67歳を越える人の場合は、就労可能年数を余命の2分の1までとして計算することから損害がこの額に達しないと言えるため、自賠責保険の限度額までは支払われていません。

また、自賠責保険は、被害者請求ができますので、治療費については、病院にその請求手続をしてもらうこともできます。但し、障害の場合の限度額は120万円とされており、入院期間が長引くと、すぐこの額を超えてしまいますので、注意する必要があります。

(3)任意保険

任意保険は、損害があれば、保険契約締結の際の限度額まで支払われます。

但し、酒酔い運転(酒に酔って正常な運転ができない恐れのある状態での運転をいいます)及び酒気帯び運転における事故については、対人及び対物の保険金は支払われますが、搭乗者及び車両保険金は免責事由となっていますので、支払われません。

最近では、3億円近い損害賠償責任を認めた判決もありますので、できるだけ対人については無制限の任意保険に加入しておくべきであると言えるでしょう。

(4)健康保険

交通事故によるケガの治療には健康保険が適用されないという説明が、病院でなされることがあります。しかし、この説明は誤りです。

健康保険法は、第1条で「被保険者の疾病、負傷・・・に関し保険給付をなす。」と規定するほか、第60条で被保険者が「故意」に事故を生じさせた場合に保険給付をしないことを、第61条で「闘争及び著しい不行跡」の場合に保険給付をしないことを、各々規定しているに過ぎず、交通事故によるケガの治療には保険給付をしないとは規定していません。従って、交通事故によるケガの治療にも、健康保険は給付されるのです。

日本医師会では、理事会の決定として、交通事故の場合には自賠責保険の優先適用を公表していることから、この様な誤った説明がなされることがあるのではないかと考えられます。

加害者が任意保険に加入していなかった場合や、加害者に支払能力がない場合等のように、治療費が自賠責保険の限度額である120万円を超えそうな場合には、病院に対して健康保険を使用する様に強く依頼することが必要です。救急車で搬送されるなどして、被害者本人が説明できない場合は、付添人が健康保険の適用を注意すべきでしょう。

8.消滅時効

民法第724条により、交通事故の損害賠償請求権は、被害者が損害と加害者の両方を知った時から3年で時効により消滅します。

また、同条により、交通事故の損害賠償請求権は、原則として事故の時から20年で除籍期間が終了します。この除籍期間というのは、法律関係の不安定な状態を是正するために、一定期間が経過すると当事者が援用しなくても権利が消滅するというもので、裁判所が職権で権利の消滅を判断することができます。

なお、後遺症に関する請求権の消滅時効は、損害保険料率算出機構による等級の認定時ではなく、病院で後遺症の認定を受けた時から起算されます(最高裁判所・平成16年12月24日判決)。

また、自動車損害賠償保障法第75条により、自賠責保険金の請求権は、2年で時効により消滅します。